趣味嗜好はフ

昔も思ったけど、あれ、住所とか書くスペースがあったからな~。
普通にプライバシー侵害じゃね?
とか、小学生の癖に思ってました。(卒業アルバムはもちろん、各家庭に配われるクラス名簿に普通に住所・電話番号が載っている世代ですけどね)
だって、好きな人って秘密にしたいし。
そもそも学校に好きな人いなかったし(初恋はいとこの兄ちゃんだったし)
書け(命令形)とか、苦痛でしたわ~。

まぁ、そんなことがあったから,廃れていったんでしょうな~ショボーン

後、もう少しネタ的におもしろ回答ができるようなものがよかったよ。
好きな本とか、映画とか。
実際は住所、年齢、好きな教科などと、スタンダードすぎて、笑えぬ。趣味嗜好はフリースペースって、結構難易度高いし。かわいいキャラシールも張ってねとか言われると、マジ疲れる。
割と強制力が強かったのも、不人気の理由でしたな~。  


2017年03月24日 Posted by ranjian at 17:24Comments(0)

金が消えていたら


銀行までは自転車で5~6分。ATMの前には人が殆どいなかった。
カードを入れ暗証番号、下ろす金額をタッチ。と、“残額がありません”と出て来た。え~、そんな筈は。0がひとつ多かったかな、と今度は慎重に数字をタッチする。またもや“残額がありません”。嘘、嘘、そんな筈はない。今度は10万円を減らした金額にしてみる。やっとお金が出て来た。
“ご利用控え”を見てみると、残額は10万円以下。
ガギーン! そんな筈はない。私はこれでも几帳面な性格だ。2通ある普段使いの銀行通帳は必ず月の始めにはチエックする。6月も既にチエック済みだ。
なにしろ舛添知事並にセコク、ケチな私。領収書は必ず取っておいて、カード払いの代金明細書と突き合わせる。通帳にお金がないのに気がつかないなんてありえない。
全国17都府県のコンビニのATMで、一斉に約14億4千万円が引き出された事件が頭をよぎる。
これは通帳を持ってきて記帳してみなくては、とフルスピードで自転車を走らせ家へ。
その間も悪い想像ばかり。他銀行の通帳からもお金が消えていたらどうしょう! ネットの買い物で通帳番号や暗証番号が盗まれた?

靴を脱ぐ間ももどかしく部屋に飛び込み、通帳を取り出して残高をみる。
やっぱり思っていた通りの金額が記入されている。この記帳の後に誰かに盗まれたのか? 震える指で“ご利用控え”と通帳番号をチエックする。
あれ、あれれ、違うじゃん。
そうだ!! 私が使ったカードは水道代やガス代を引き落とすだけのための通帳のカードだった。これにはあまりお金を入れてなかったのだ。
ホッとすると同時に凍っていた背筋が熱くなり、汗が吹きだした。  


2016年06月16日 Posted by ranjian at 13:05Comments(0)weed

映画で空中戦


ですので、ゴキブリ予防剤(ゴキジェットプロみたいな?)をあらかじめ撒くのなら、おのおの一か月前の3月と9月が最適な時期だと思うのです。

私が住んでいるオースチンは日本より気候が少し暖かいので、どうもゴキは3月と9月に卵を産むようです。なので我が家では一か月前倒しして、2月下旬と8月の下旬に予防スプレーを撒いています。沖縄の方も2月と8月でいいと思います。

アメリカ在住の方は「ベンガル」という殺虫剤がおすすめ。 即効性は無いのですが、家の中に入って来たゴキは数時間かけてゆっくり昇天しますし、卵から孵った赤ちゃんはあっという間に息絶えます。

これもリサーチしていないのではっきりわからないのですが、ゴキが産んだ卵鞘(らんしょう。カプセル型の卵)の殻は非常に頑丈に出来ており、強力な殺虫剤の成分さえも届かないようです。

しかし、ご安心を。 生まれたばかりのゴキベビーはまだまだか弱くて小さいので、予防剤さえ撒いておけばほぼ産まれた瞬間に死んでしまいます。

一つの卵鞘には40匹ぐらいの赤ちゃんがが入っているようです。

予め予防剤を撒いておくと、なんと最低でも40匹のゴキが駆除できるのですね。

うちは清潔だからゴキもいないし、卵も無い!と言い切る事が出来ない方や、ゴキ恐怖症の方には3月と9月は大切な月ですので、是非覚えておいてください。

ところで、冒頭の金縛りの話ですが、ブーンと飛んで来たゴキはどうも夢だったようです。 私はひどいゴキ恐怖症なので、ゴキが登場する夢を頻繁に見ます。

今回の夢ですが、先週の金曜日に「永遠のゼロ」という映画で空中戦をのシーンを何度も観た影響で、空中戦とゴキが絡み合った夢になったようです。

科学が発達して、私が生きているうちに「嫌いな夢は見ないで済む悪夢予防装置」みたいのが発明される事を切に祈ります。  


2016年01月26日 Posted by ranjian at 15:17Comments(0)lope

書こうと思ったんです


4日置き更新を心がけていたのに、なんだか気づいたら何日も過ぎていて。
秋・冬は特に時間が早く感じるのはなぜなんでしょうね。

最近はいつも常に眠くって優纖美容、昨日もまさかの夜9時に睡魔が。
PCに向かえない日々が続きます

今回は小説ブログテーマ、「書けない時は・・・」 で、書こうと思ったんです。
新作のアイデアが浮かばない時、どうするか。
でも、・・・これはもう考えるしかないって答えしかでてこないですよね。

今もそんな感じで九龍數學老師、日々迷走しています。新作を書きたいのにうまく膨らまない。
ドキドキスポットに到達しないんです。

書きたいことをひとまず書いてしまったのかな。
でも、書きたいエネルギーはいっぱいいっぱい溢れているので、また妄想を膨らまして、がんばろう

とりあえず今日は Dream beauty pro 脫毛、イラストで 今日も、か。

なぜかいつも 博士がでてこない・・・。

  


2015年11月18日 Posted by ranjian at 16:06Comments(0)sierktiyi

清純な香りが


「あいつら、いったい何しに来たんだ?」
「道明寺が呼びつけたんでしょう?」
屈託のない笑みを漏らした明るい表情はそのあと真顔になってため息を一つ付いた。

「どうして、今日が記念日になるのかな 鑽石能量水 騙局・・・」
ソファーの肘かけにもたれるその姿は身体でわずかな不満を表現してる。

「お前、俺に惚れらえてうれしくねぇのかよ」
「惚れられたきっかけが殴られたことって言われて喜ぶ女性がいると思ってるの!」
すげー不機嫌なこいつの声に俺も不愉快。

「会った瞬間に時間が止まったとか、目が離せないとか言語治療、ひとめぼれ的なこと言われたらうれしいけどさ・・・」
見た目もそこそこのチンクシャなお前になぜか興味を持ったのは覚えてる。
それがいつだったかさすがの俺も思いだせないんだよ。

「だったら、お前はいつから俺に惚れたんだ?」
ソファーに座るあいつの横に即座に腰を落とした。

「いつから・・・・?」
首を傾げて牧野が黙りこんだ。
そこそんなに深く考えるところか!
餌を待ってお座りさせてる犬 布吉自由行の気分で牧野の顔をじっと見つめる俺。

牧野が覗き込むように俺をじっと見つめる。
純な輝きを持つきらきらとした瞳。
俺に媚びない反抗的な強さを持った女はお前が初めて。
穏やかに俺を見つめて、俺のイラつきを自然と溶かす温もり。
熱くなる瞳の奥が潤んでくる瞬間がたまらなく愛しい。

「高校の時、私を守って殴られっぱなしで手を出さずに守ってくれたことあったよね」
桜子の仲間に囚われたこいつを助けにいったのはもう随分前のような気がする。

「あの後さ・・・」
道明寺が言ったこと覚えてる?」
腕の骨を折って体中が殴られたあとで痛かった痛かったことしか覚えていねぇよ。
それとお前を守れたことと俺に抱き付くお前のくしゃくしゃな泣き顔。

「あんなに殴られたのは初めてだった。
人は殴られたときこんなにいたいものなのかと私のおかげで勉強になった。
みたいなこと言ったの覚えてる?」
下から覗き込んでいたずらに笑みを浮かべる牧野。
お前のその上目使いには弱いんだよ。
照れ臭くて視線を反らしたくなる。
やめると言いたい感情はごくりと喉を鳴らす。

「道明寺の殴られた記念日が私の惚れた記念日かもね」
「俺の惚れた記念日と対して変わらねぇだろう」
コツンと触れた額。
頬を包みこむ指先。
その手のひらに牧野が自分の手のひらを添えてくる。
鼻先が触れて目の前で牧野が睫毛が微弱に動く。
睫毛に、瞼に軽く落とすキス。
肌に触れた感触のままに唇を重ねた。

「さすがに道明寺のように日にちまで覚えてないけど」
離れがたい想いを残したまま牧野から離れた唇。
クスリとほほ笑む口元はキスの余韻を残したまま赤く色づく。
つややかなぷっくりとした唇をずっと味わいたい欲望に火をともす。

「牧野・・・」
「ん?」
「今日はまたお前に惚れた気がする」
「・・・バカッ」
焦った声は好きにしか聞こえねぇ。
火照った顔をごまかすように牧野が俺の首に腕を巻き付けて寄せた華奢な身体。
身体の熱はそのまま俺の身体に伝わってくる。
大事なものをいたわるような感覚で撫でる牧野の黒髪。
すくように滑り落ちる指先が弾く嗅ぎ慣れたシャンプーの清純な香りが鼻先をくすぐる。

二人の熱も・・・
鼓動も・・・
重なる距離。

さっきの続きを再開しようか。
もう、誰にも邪魔させねぇから。  


2015年09月11日 Posted by ranjian at 12:52Comments(0)weed

言葉の裏を読め


上の3つの理由の中で、最もおかしなものは年齢を理由にしたものだろう。「経験」と言い換えても良い。

「過去」の経験が、「今」の俺の考えていることと一体何の関係があるというのか?
何もない鑽石水
その過去の経験というのが、「俺」自身のことだったのならわからないでもない(本当はおかしい)。
だが、多くの場合、それは、俺とは全く無関係の人間がそのときとは全く無関係な状況で言ったことを基に、判断しているようだ。

この判断方法が示すのは、結局のところ、「『言葉の裏を読む』というのが『決まったパターンの反応をする』ということ」ではないだろうか靜脈曲張

そしてもう一つ。
この手の人間が自分の「読み」の正しさを主張する根拠としてあげるのが、「自分が常識人であること」だが、これも非常に変だ。

俺よりも彼らの方が世間の常識をわきまえている。

まあ、それで良いだろう。

だが、それが何だというのか鑽石能量水

「今話している人は非常識なことを言っている」可能性をどうやって否定できるというのだろう?

いや、彼らには、その可能性を否定できる根拠などないのだろう。
そもそも、そんな可能性思いつきもしないと思う。
ただ、「常識ではそういう言葉の裏が有ると決まっている」のだから、そういう反応をし、もしも相手が彼らの常識とは違っていたのなら、その非常識さを非難し、それにより、自分の対応の正当性を主張するのだろう。

こういう反応をするのは、結局のところ「言葉の裏を読む」とは「ルールに従う」ということだからではないか?

もう一つ、「言葉の裏を読む」が「ルールに従う」でしかないと考える理由がある。

それは、「ありがとう」と「ごめんなさい」だ。

この2つの言葉はなぜか、言葉の裏に込めてもわからない人が多いようだ。

例えば、「ありがとう」を言葉の裏に込めて、「助かりました」と言ってもわからない。「ごめんなさい」を言葉の裏に込めて「こちらのミスです」と言ってもわからない。

いや、分かろうとしない。決して納得しない。

普段は、「気を使え」「察しろ」「空気読め」「言葉の裏を読め」とさんざん言っている人間が、「ありがとう」「ごめんなさい」という言葉があり得る場面においてだけ、その「読み」を放棄する。

なぜか?

それは、結局、「この2つの言葉だけ、必ずはっきり言わなければならない」と決まっているからではないだろうか?

ある場面では裏を読み(実際の有無にかかわらず)、また別の場面では読まない(これも有無にかかわらず)。
そのダブルスタンダードを平気で行ってはばからないのは、それは「文脈や状況をかんがみて、言葉の裏を読まなければならない」のではなく、「どの場面でどう考えるかルールで決まっている」としか、とうてい思えない。
  


2015年07月15日 Posted by ranjian at 12:08Comments(0)lope

通常の三倍と聞くとわく


ここで三木原は爆死したらしい。
 人間世界には通常の三倍と聞くとわくわくするオタクと呼ばれる生物がいるようだが、健康に関る数値でこれはとてもまずい。
『問題は治療方針です。原発部位の特定を進めるか、薬を入れてその反応を見るか。どうされます?』
「特定って、どうやるのですか?」
『一番いいのは肝生検です。開腹して肝臓の一部を切除、組織片をラボに回し、専門家の判定を待つ』
「つまり、試験開腹? 腹を切るのですか?」
『全身麻酔をかけ、肝臓の一部をちょっと切ります。次点が穿刺《せんし》吸引細胞診。これは患部に針を刺し、細胞を吸引、採取する方法です』
「針を刺すんですか。ぶすりと?」
『苦痛はありません。麻酔も軽い奴で済みます』
「うーん……」
 と、ここで三木原は悩んでしまったらしい。穿刺吸引は軽い奴、つまり局所麻酔で済むが、試験開腹は全身麻酔。費用も高額だ。それと麻酔に関して彼には嫌な思い出があったらしい。その辺は後で記すがこの時のわたしの数値は、
 ALT 493
 AST 263
 T−Bil 5・6
 正常値の上限はそれぞれ右から順番に84、51、0・4……三倍ではない。それ以上だ。ALT五倍、AST五倍、T−Bilは……一四倍。端数を入れたらさらに増える。
 この信じられぬ値を前にヘタレな自称飼い主は試験開腹なしと決めた。細胞診も『ちょっと待ってくれ』と言いだし、やむなく獣医師は胆汁酸産生剤の治療を選んだ。ウルソと強力ミノファーゲンCの注射である。一連の治療が終わった後、獣医師は説明した。
『肝臓の炎症を止めるにはこれではまだ不十分です』
「具体的にどうしろと?」
『一般にはステロイド治療です。ただし、他の検査が終わらないと踏み切れません。リンパ腫や猫エイズ、猫白血病の検査です』
 というわけで再び採血である。
 この時の様はある意味みっともない。自慢の美しい白毛を電気|剃刀《かみそり》でじゃーじゃー剃られ、透けて見えるような美しい皮膚にぶすりと針を突き立てられ、血を採られるのだ。
 今思うと、ノヤ動物病院で最も困ったのは採血だ。獣医師が如何にベテランでも無痛ではない。針が突き刺さればやはり痛い。痛くないと思う猫がいるなら出てくるがよい。わたしが顔を拝んでやろう。
 検査は比較的短時間に終わった。結果はどちらも陰性である。考えてみれば、わたしはノヤで毎年のようにワクチンを打ち、外出の機会も少ない。
 さて、問題は翌週の結果である。再度の検査が行われたが、血液の数値は悪化していた。これは、ウルソと強ミノにわたしがまったく反応してない事実を指す。ではどうするか?
『やはりステロイドを使いましょう。マーブルちゃんはまだ若いので一日あたり20ミリグラム使います』
 まだ若いので。まだ若いので。まだ若いので……うむ。なかなかいい事をいう獣医である。できれば永遠に連呼して欲しいものだ。
 実は当時のわたしはそろそろ十年選手に近づいていた。人間換算で中年を超えた歳だ。獣医表現では�まだ体力がある�という意味だろうが、若いと見られるのはいい事だ。
 それにしても今の視点から見ると体重一キロあたり5ミリグラム投与なのだから、確かに体力があったのだろう。人間換算でいえば体重六〇キログラムの成人で300ミリグラムに当たる。人間の肝炎治療で用いられる量はせいぜい日に30〜40ミリグラムだから、ざっと一〇倍である。
『猫はイヌや人間と違い、ステロイドにある種の耐性があるから大丈夫です』
 獣医師の説明に心中複雑だった。耐性があるのは上等なのか、下等なのか。判断に迷うのではないか。
 こうしてステロイド治療が開始された。
 普通ならこれであっさり数値が落ち、治りました、となるはずなのだが……。
 手元に三木原が書き留めた検査結果があるので抜粋しよう。
�三月初頭、ステロイド20ミリグラム投与開始�  


2015年06月11日 Posted by ranjian at 16:18Comments(0)

、たわんだ腹の男は



ACE

兄、弥一郎は腰の刀をカチャリと差し直し、鯉口を切る音に一瞬殺気が迸ったのを弟が気が付いたが、色と商売にしか興味のない中年男は気付きもしなかった。

「相模屋どの。」

月華の仕草に呆けたような視線を送る、たわんだ腹の男は、まだいたのかと言う風な不満げな目を向けた。

「唐突ですが、月華は今、十一歳、元服前葵涌通渠の童にございます。父なき今、烏帽子親のなり手も無くこの兄では仮元服も叶いません。」

「もし叶いますれば、相模屋どののような立派な御仁に、後見していただけたらと思います。」

「月華さまの後見人を、このわたしが?」

笹目も共に頭を下げた。

「もしそうできたら、我等どれほど肩の荷が下りるか知れませぬ。」

「さあ。月華も相模屋どのにきちんと頭を下げて、父親代わりのお願いをなさい。」

「月華はいやです。」

金も要るし、面倒なことだと、内心思いかけた相模屋は驚いた。
まだ幼い当人に断りを入れられるとは、思っても見なかった。

「おや、月華さまは、烏帽子親が相模屋では不服ですかな?」

ふるふると頭を振って、月華は涙を散らした。

「旦那さまに、そんなお願いはしたくあり維他命c好處ません。お金がたんと要るのですもの。月華は、元服などしなくてもよろしいのです。」

「ご住職さまが置いて下さるとおっしゃいましたから、暦が代われば月華は増万寺へ参ります。」

「増万寺へ・・・!?」

さすがに呻ったきり相模屋の顔が曇る。

増万寺の住職は、色町での相模屋の同好の士だった。
一人の陰間を二人で心ゆくまで嬲ったこともある。
幼いそこに、無下に二輪挿しなどして散々に破瓜し、可哀想に正気ではいられなくなった陰間は大川に身を投げた。
菰(こも)を被せた哀れな仏に、ありがたい経を唱えてやりながら、青紫に色を変えた肉の鞘を爪で弾くような住職だった。

「お武家の流儀は分かりかねますが、元服とやらにはいかほどかかりましょうや。」

忝い(かたじけない)と、兄は頭を下げ、相模屋は切り餅(小判25両)を一つ二つ手箱から取り出すと、ぽんと兄の膝元にほおリなげた。

「増万寺などへ行ったら、月華さまのように愛らしいお子は、色小姓にされて寺男や住職、果ては大勢の僧兵たちの慰み者ですよ。」

「月華が、なぐ、さみ・・・もの?」

何も分からぬ月華が、不思議そうに問うた。

「女子の代わりに、お着物を脱いで褥に入り、閨で女子のように後の壷を使って伽をするのです。」

「ひぃっ・・・そんな・・・いや、いや。月華は、慰み者などにはなりとうない・・・。」

「ああ、兄上、月華をお口減らしでお寺にやらないでください。きっと、いい子になりますから。」

とうとう、お願い・・・と告げたきり、しくしくと長兄の袴に取り縋り泣きはじめた月華の背中をさすってやりながら、相模屋はこの上なく優しい声を弾ませた。

「誰も、月華さまをそんな場所にはやったりしませんよ。さあ、兄上に仮元服のお支度のお金を預けましたからね。」

「相模屋の旦那さまぁ・・・くっすん。」

「ご安心なさい。この相模屋が美々しい直垂(ひたたれ)も誂えて進ぜましょう。月華様はほんに良いお子じゃ。」

相模屋の襟元に「すん・・・」と花の貌をうずめ、月華はいとも簡単に相模屋を篭絡していた。  


2015年05月29日 Posted by ranjian at 12:45Comments(0)

文は夢の外側


回虫のような生物が自分の部屋で大量に発生する。
 とりあえず、それを指で潰す。非常に脆い。どれくらい脆いかというと、小麦粉に水を混ぜて軽くこね、両の掌で挟み、転がしながら伸ばしてひも状に伸ばした感じだ。様々なバスタやうどんのように時間をかけて良くこねた末に寝かせ、発酵させることによって弾力や粘りが出ているような状態ではない。
 回虫モドキは軽く引っ張っればぷつりと切れてしまうし、人差し指で軽く押しただけで潰れてしまう。私の普段の感覚で部屋でそんなものが大量に発dermes生すれば、間違い無くパニックになるだろう。しかし最中は至極冷静であった。
 
夢を振り返って:夢の中での回虫はまさにTVや何かの本で見た姿のままだったが、大きさとしては街中で見る標準的なミミズと同じくらいあった。つまり、白いミミズという風にそれら姿を想像すればしっくり来るだろう。私が知っている現実の回虫よりは、一二回り大きい。色のせいもあり、ミミズの設定が多少混じっているものの体の節は目立たず、ひょっとしたら今回の奴は節が無かったのかもしれない

補足・訂正情報:まず『回虫発生』本文中に「発酵」とありますが、うどんやパスタを寝かせる行為は「熟成」が正しいようです。そちらの一文は夢の外側、つまり現実の世界にいる私が夢を記す際に客観的・一般的な説明のために加えたものでして、夢内部とは異なり康泰領隊、外部からの説明部分は情報の正確さを可能な限り期さなければならないと考えています。なにぶん、それでも思い込みや勘違いはやはり避けがたくあるのですが、今回は気づけた範囲ということで早速対応し訂正を致します。失礼しました
また先ほどWikipediaで「回虫」の項目を調べてみました。本物の回虫には節は無いようです。大きさに関して言うと成虫で雄15~30cm、雌20~35cmにまでなるとか。
私が夢の中でミミズと比較して大きいと感じたのは、回虫康泰領隊の知識自体が曖昧だったせいもありますが、おそらく記憶にあったものが幼虫の大きさだったのかもしれません。ちなみにWikipediaにも回虫の資料画像は載っているため、リンクを貼ることは見送らせて頂きます。もし自身で調べる際も苦手な方は十分注意してください  


2015年05月06日 Posted by ranjian at 12:22Comments(0)

拾い集めてサ



年の瀬も押し詰まり、皆様ご多用の時季だというのに、警察のご厄介になった。

と言っても、単なる落とし物で。現場は、自宅から徒歩5分の、商業施設。
モノは、内科やら眼科やら、同じく近所にある掛かり付け医の、診察券数枚。

恐らく何日間かは、サービスカウンターで預かっていて下さったのだろうに。粗忽な持ち主が、その間に落とした事さえ気付かなかった結果、恐らくは最寄りの交番経由で、自宅から片道25分の所轄署送致となった。

診察券は、貴重品ではない。次の受診時に、再発行して貰えば、事足りる。
落とした分は全て、拾得・保管戴いているようだから、悪用される危惧も無い。

かえって遠くなってしまった保管先へ、“処分”を依頼する選択肢もあった。

実際、“関係先”の一つとして“捜査依加州健身中心頼”を受け、お仕事の合間に「診察券、落とされたみたいですよ」と、電話でお知らせ下さった内科医院の受付嬢からも「引き取りに行くかどうか、事前に電話を」と、警察署の代表番号から担当課の内線番号まで、懇切丁寧なご伝言を戴いている。

しかし、私は小一時間掛けて、徒歩で往復する事を選んだ。

第一の動機は、いつも図書館へ向かう途上、横目で見遣るだけだった所轄署へ、入ってみたいという好奇心。運転免許どころか自転車さえ持たぬため、警察との御縁は滅多に無いのだ。そして第二には、自分の不注意で、関係各所へご面倒をお掛けしてしまった次第が、心苦しいゆえ。

床に散らばった診察券に気付き、拾い集めてサービスカウンターへ持参して下さった方。そこでの保管期間を過ぎ、駅前交番へ届け出て下さった担当者。交番から所轄署まで、送致して下さった制服警察官。“捜査依頼”を承け、カルテで検索した拙宅の番号へ、連絡して下さった受付嬢……

日頃から習い性となった妄想の“癖(へき)”が、脳裏に在り在りと描出するから。

関わって下さった方々は一様に、いつも通りに当たり前の事をしただけ、と仰るかも知れないが。名前こそモノに明記されているとは言え、見ず知らずの粗忽な持ち主の「為に成る」べく、各々お持ちの「溜め」を少しずつお分け下さった次第を、ひたすら有り難く愛おしく感じてしまう。

理系女子の行動原理は、やっぱり『好奇心と敬意と仁愛』。

冬型の気圧配置が、少しずつ強まって行く気配の寒空。斑に浮かぶ雲の群れを見上げ、初めて警察のご厄介になったのも落とし物で、ソプラノリコーダーを失くしたんだっけ、と思い出す。

あの時は、さすがに帰宅して即、気付いた。慌てて探しに戻ったけれど見付からず、母に叱られ、警察へ届けを出しに行ったのだ。生まれて初めて捺印を要求され、印鑑なぞ持ってはいない小学生だから、拇印を捺すよう指示された。

埒もない追憶に耽りつつ、同じ頃、学校の図書室で二類の棚を総ナメにするほど、伝記・評伝を読みまくり、哀惜の念という感情を生まれて初めて抱いていたことも、ついでに想い起こす。

多少なりとも他人様の「為に成る」大人になれたのは
生い育っていく間にお分け戴いた他人様の「溜め」が
積み重なった結果だと『本当の自分』が教えてくれた。  


2014年12月29日 Posted by ranjian at 10:59Comments(0)lope

味の満たないま


もういつの頃からか、今お世話になっている散髪屋さん(床屋)に通い始めて20年になります。
今の住み家に移る前からですから、引っ越して遠くになってもこだわって通っております。
勤め人ならとうに定年を越えたお歳のマスター。
私が通い始めたあの頃には幾人かのスタッフがいましたが、今はおひとりで切り盛りしておられます。
そして何より、新規顧客開拓には興味もないようで、
私のように長年通う固定客だけを相手に、「新規客はいらないよ(マスター・談)」と言います。
じゃ私も、「最後まで面倒みてよ、他所は行く気ないからね」と(笑)
たぶん、その刀尽きるまで…というか、ハサミ尽きるまでご縁は続くと思います。

マスターは昔ながらの職人気質で、カットしながらウンチクを語ります。
私も随分と、奥深い理容の世界を聞かされました。
今では自分のハサミを研ぐ人も稀だそうで、
刃物は違えど、かつて私の親父が語ることとの共通点が、
なんだか聞いていて「うんうん」と頷くことも多かったと思います。
私も子供のころから親父の道具(刃物)の手入れを見て育ちましたから。
「その人の道具を見れば、仕事ぶりが見えてくる。」
たしかに、そうなんだと思います。
私の職業には少し縁遠い話かもしれませんが、
やはり、そうしたマインドはどこかで活かしてゆけるものと、心にずっと備えております。

さて、そうした道具。 こと刃物の世界なのですが、
素人にはわからない、用途によって研ぎ方ひとつ違います。
そして何よりも、自分で研ぐからこそ少しでも切れ味が劣っていたらすぐさま研ぐそうです。
研ぎを外(刃物店)に出している人は、こまめに研ぎに出すわけにはいきませんから、
使うにつれて減る切れ味、つまり完璧な切れ味の満たないまま使い続けることになります。
したがって、その仕事ぶり(出来栄え)も、おのずと…。
最高の仕事とは、やはり「道具から」という理由はここにあります。
  


2014年09月24日 Posted by ranjian at 11:24Comments(0)miesiei

誰かが何とかし


朝寝坊ときめ込んだのに、日曜日の朝、健一はいつもと同じ時間に目が醒めた。
目を開けたところで見えるものは普段と何も変わりない。ローンもたんまり残っている安普請の家の見厭きたベージュの壁、黄色い染みが浮いた押入れの襖と誰も弾かなくなったアップライトのピアノ。自分が手掛けたカレンダーの見厭きた女優の写真である 願景村 退費

。仕事でつくったCDや雑誌が押し込まれている本棚である。
子供じゃあるまいし目が醒めると世界が変わっていると思う五十がらみの男がいるだろうか。もうひと眠りと布団をかぶったが、学生時代のようにいい夢は滅多にみられなくなっている。
起き出して二階に上がるとリビングで妻の明子がコーヒーを飲んでいた。休みの日にはいつまでも寝ているのに今朝は身支度を済ませている 願景村 邪教
お花の展覧会でもいくのか、と声をかけようとすると、
「バイト」
妙に声もとげとげしい。
健一の会社の景気が悪くない、明子は半年前からパートに出るようになったが、趣味のお花の稽古は続けている。
二十年も連れ添った女から朝卓悅冒牌貨、何かやさしい言葉を期待することはないが、機嫌が悪い理由が判らない。バイトだから不機嫌なのか。こっちは二週間休んでいなかったのだからゆったりする権利は十分にある。健一は広告代理店に勤めている。大手家電のCMづくりにごたごたがあって休日も出勤が続いたがなんとか落ち着いた。
「ほらっ」
明子は新聞から顔をあげて柿の種みたいな目をサッシの窓の方を見遣った。萌木色のカーテン横の台に小ぶりな水槽があり、金魚が一匹、腹を横たえて浮かんでいる。
妻は角を揃えて新聞を畳むと、
「始末しといてよ」
死んだのだ。
「夏祭りで、あなたが金魚すくいの担当になったときから、こうなるとわかってたわ」
「しかたないじゃないか。誰かが何とかしないと」
「なりゆきだったんだ、なんて言わないで頂戴ね」
明子は尖った口調で言葉を添えた。
地元の小学校区の自治会が毎夏催す夏祭りで、健一の町会が金魚すくいの当番にあたった。祭りがお開きになる頃残った三十匹あまりの金魚を、近くにいた子供らに配っていったが三匹残ってしまった。ビニールの袋に詰めて近くにいた手伝いのオバサンら手渡してしまえばよかったのに、どうぞお持ち帰りになって、と同じ町内の主婦らにかわされて、しぶしぶ持って帰ったものだ。物置に水槽があるはずだった。ポンプは買わなくてはならないだろう。ぐらいに思って金魚をぶら下げて帰ると、
「余計なモン持って帰ってきて」
明子はむくれた。  


2014年09月24日 Posted by ranjian at 11:18Comments(0)sierktiyi

音を立てなが


小学生の頃、祖母は小田原に住んでいた。小高い山の中腹にある小さな家の裏は雑木林で、夏休みに泊まりにいくと、蝉の声がまさに時雨のように降っていた。

あたしは蝉そのものよりも、なぜか蝉の抜け殻が大好きで、草むらに落ちているそれを拾っては、しげしげと眺めていた。背中の割れ目から脱皮するのは分かるにしても、かくかくした細い足や、その足についた棘のような突起までがきちんと空洞で、不思議でしかたがなかった。いったいどうしてこんなにきれいに脱げるんだろう。

光にかざして眺めては虫かごに入れ、また見つけては光にかざし。気づけば虫かごいっぱいに、蝉の抜け殻。嬉々として持ち帰り、部屋に置いて眠ったら、夢を見た。

蝉の抜け殻が、かさかさ、かさかさ、音を立てながら籠から抜け出し、かさかさ、かさかさ、窓をあけて外に出て行く。月の明かりに、からだを透かして。

翌る朝、起きるとすぐに籠を手に、外に出た。雑木林の入り口の大きな木の根元に、虫かごから取りだした蝉の抜け殻をそっと並べた。ごめんね、帰りたかったんだね、と、胸の中で謝りながら。  


2014年08月07日 Posted by ranjian at 17:51Comments(0)miesiei

雷が具体的に


まずはこのストーリーの主な登場人物です。2人、少師部の栖軽と天皇です。少師部の栖軽は雄略天皇の重要な従者でありました。天皇が磐余の宮にお住まいになっていたとき、天皇は后と大安殿で共寝されていた時、栖軽は知らずにその中に入ってしまいました。天皇は恥ずかしがり、やめてしまいました。

ちょうどそのとき雷が鳴りました。天皇は「あなたは雷をつれてこられるか」と言った。栖軽は「できます」と言います。天皇は「ならば連れてこい」と言いました。栖軽は意気揚々と宮を離れます。

栖軽は赤い布を額につけて、赤い旗を振り回しながら馬に乗って阿倍、山田の近くの道と豊浦の寺の前の道をとおり、軽諸越之衢に至ります。「空の雷よ。天皇がお呼びです云々」と叫び、「雷と言えども、天皇の言うことを拒むことはできないだろう」と言います。その帰りに豊浦の寺と飯岡の間に雷が落ちていた。栖軽はそれを見て、さっそく神官を呼んで、御輿に入れさせて、宮に持ち帰り「雷をつれてきました」と言います。天皇はそれを見て、恐れおののいて、供え物をささげて、雷が落ちていたところに返させた。今はその場所を雷の岡と言います。

栖軽が死んだとき、天皇は彼の忠信を思い慕い、七日間留め、その後墓を作り、碑文の柱をこう書いた。

その雷が彼のことを憎んで、鳴り、落ち、碑文の墓を折り踏みつけ、その柱の折れた間に捉えられた。天皇はそれを聞き驚いて、その雷を放ったが七日間放心状態だった。天皇は碑文を立て直した。

これが飛鳥の電の岡と言う地名の由来である。

できればこの簡単なストーリーを読む前後に原文の訓読文を新潮か岩波の日本霊異記で読んでほしいのですが、まあ、手に入らなければいいと思います。

少師部の栖軽と言うものは言うまでも無く人の名前です。少師部というのは苗字のようなものですね。天皇は磐余の宮で后と共寝、要するに一発やっていたところ、栖軽に見られてしまいました。磐余の宮というのは別荘みたいな場所でした。そして共寝には五穀豊穣を願う願いがこめられての行為でした。実際はどうだか知りませんが。おそらくのぞかれた恥ずかしさから、栖軽に一矢報いてやろうということで雷を持って来いとか言い出したのでしょうね。

この説話の面白い部分は地名の縁起譚であること以上に、雷が具体的に描かれているところにあると思います。例えば菅原道真が大宰府に飛ばされた後、雷になって都で大暴れしましたが(生霊ですね)、雷は当時、相当恐れられていたものだったと思います。それをまあ、結果的に冗談を真に受けて本当に捕まえてきてしまった栖軽を称える意味での日本霊異記上巻初めの話に乗せられているのでしょうね。

次回は上巻十の説話を読んでいきます。最後までありがとうございました。
そういえば、自動車学校卒業してきました。近いうちに水戸に行って試験を受けてこようと思います。

おやすみなさい。  


2014年08月06日 Posted by ranjian at 12:35Comments(0)

糠味噌みたい


みなさん、そろそろキエーロの話しは飽きてこられたと思います。

今日は高島市環境政策課からキエーロ制作費の補助金についての結果について報告がありましたのでお知らせします。

キエーロについては補助金は出ません。

でも段ボール箱で作るコンポストの基材、もみがらくん炭とピートモスについては補助金は出るということです。
段ボール箱で作るコンポストもエコでいいなと思うのですが、3ヶ月くらいでその箱は終了で堆肥に使います。
堆肥が必要でない方には、これはこれで処理に困るかもです。

ダンボールコンポストについて2つの動画を紹介します。上の動画の方が興味深く見ることができると思います。
下の動画のほうが作り方の説明が丁寧です。

ダンボールコンポストの作り方

生ごみリサイクル ダンボールコンポストの作り方と使い方

毎日ゴミをほかしてかき混ぜます。糠味噌みたいに菌を育てることが必要のようです。
毎日かき混ぜる手間を惜しむ方はキエーロの方が向いているかも。

私は毎日かき混ぜるのが苦手なタイプです。  


2014年08月06日 Posted by ranjian at 12:33Comments(0)sierktiyi

誠意を尽くして


こんにちは、木村耕一です。

恋愛をとるか、大志(人生の目的)をとるか、その決断を迫られたら、どうしますか。

『三国志』の劉備玄徳も、恋におちました。
それは、誠意を尽くして戦っても認められず、失意に暮れ、ある大地主の屋敷にかくまわている時でした。
その家に、美しい女性がいたのです。
名を芙蓉(ふよう)といいます。

月の鮮やかな夜のこと。
芙蓉は、人目を忍びながら、広い庭園へ出て行きました。
足もとの芝生には、夜露が宝石をまいたように光っています。  


2014年07月11日 Posted by ranjian at 11:49Comments(0)sierktiyi

高い親の愛情を


母は息子に諭します。
「時々襲ってくる弱い心に打ち勝たなければ、大事(目的)は成し遂げられない」と。

母は、息子の心が折れそうになっていることを感じたので、ここで、
「そんなことでは、大事(目的)は成し遂げられないぞ」
と戒めたのです升中選校

世の中は単純でないから、人生に困難は、山ほどあります。
しかし、どんな困難にぶつかっても、心が折れない方法があるのです长江钢琴不合格

それが、人生の目的をハッキリと持ち、すべての苦労は、このためにある!と、心の向きを一つに定めることです。
人生で、果たすべき目的がハッキリしてこそ、ブレない生き方を貫けるようになるのです。

玄徳の母は、戦乱の時代を生きていく息子に、大切な心得を、必死に伝えようとしています。
その愛情の大きさに、心が打たれます威廉斯坦伯格钢琴

『三国志』は、今から約1800年前のドラマですが、子を思う親の気持ちは、昔も今も変わりません。

8月初めに、新装版『親のこころ2』を発売しました。
玄徳の母と同じように、海よりも深く、山よりも高い親の愛情を、歴史上のエピソードと、全国から募集した85人の体験談でつづった新刊です威廉斯坦伯格钢琴
ぜひ、一度、ごらんになってください。


  


2014年07月11日 Posted by ranjian at 11:44Comments(0)miesiei

描くことが大事な


大正・昭和と活躍した俳人の荻原 井泉水(おぎわらせいせんすい)氏は、
越後の出身で、この時、芭蕉が越後から佐渡を見たのであれば、
「横たわっている天の川は見えない」ハズ、と異を唱えている。
彼も俳人。夢を壊すつもりはないだろうが 護士
事実は伝えなければという思いから語ったことだろう。

これを確かめた人が居る。
夜の星の動きだから、
一晩のうちに横たわって見えるときがあるだろうと思ったりするが、
天の川との関連で言えば、直立するときはあっても
横たわるところはどうしても見えないそうだ。

たしかに、芭蕉の足跡を探ってみると、
一緒に歩んだ曽良の「旅日記」には、
その頃は、雨模様の天気となっている 抗氧化食物
そうすると芭蕉さん、風景を詠んだものではなく、
心で詠んだ風景ということになる。

事実を描くことが重要か、
たとえフィクションでも、想起されるイメージを描くことが大事なのか?
もちろん、後者であるのは言うまでもない。

今日も灼けつくような一日だった。
ようやく日が落ちて、
夜空に浮かぶ天の川を見ていると 言語治療師
芭蕉が詠んだ風景が思い浮んでくるように思えた、、。

  


2014年06月11日 Posted by ranjian at 12:14Comments(0)miesiei

人の一生はすこし長い


ずいぶん小さくなったけれど、朝顔がまだ咲いている。
これが最後、これが最後と、いつまでも最後がつづいている。そのことは、嬉しいことであり寂しいことでもある。

木枯らし一番が吹いた朝にも、この夏の花は咲いた探索四十
夏の朝だろうが冬の朝だろうが、その日の花にとっては初めての朝であり、最後の朝でもある。
ひとりよがりでさみしがりやのぼくは、咲きつづけるかぎり水をやり、新しい花が咲くのを待っている。朝顔にとっては辛いことなのだろうか。
真夏に咲いていた大きな花が朝顔姫だったとしたら、いま咲いている花は、すでに老婆かもしれない。小さくなってすこし萎んでいる琴行
花も老いた姿はあまり晒したくないかもしれない。そんなことをふと思った。

花の一生は短い。人の一生はすこし長い。
ぼくには二人の祖母が居た。九州と大阪に居たが、ふたりともすっかりお婆さんだったから、長生きしたほうだろう。
九州の祖母は、手の甲にピンポン玉くらいのコブがあった。茶の間にテーブルくらいの大きな木の火鉢があり、そのそばでいつもキセルで煙草を吸っていた。ときには紙のこよりをキセルの筒に通したりする。すると黒くてどろどろになったものが筒の反対側から出てくる。その様子がおもしろくて、そばでじっと見ているものだった旅遊團購

  


2014年06月11日 Posted by ranjian at 12:11Comments(0)miesiei

見返りとなる


泣きそうになったよ。昨日はほんとに。嬉しいなぁ。温かい気持ちになるなぁ。とっても大きなギフトを貰った気分。。ありがとう。ほんとにありがとう。僕にしてくれた行為であなたにはきっと別な形でのギフトが贈られるとは思うけど、この御恩は御恩としていつかきっとお返しするよ!僕なりのやり方でね!

読みかけだった本を読了迪士尼美語價格

「GIVE&TAKE」アダムグラント著

世の中は「お金」を得る為の戦場だったりする。人と人との何気ないやりとりの中にも気が付くとせめぎ合いがあったりするものだ。目先のお金をめぐる小さな格闘。よって、この戦闘技術を磨くことに、ついつい一生懸命になってしまう。そこには他人から、「受け取る事」に長けた人達(テイカー)がいれば、その逆に自分の全てを「与える」人々(ギバー)もいる。そして両者の中でバランスをとりもつ人(マッチャー)がいると、この著書では分類されている。

難しいのは一見すると皆、ギバーの顔をしていることだ。テイカーは後にたっぷりテイクンするためにまず与えようとするし、マッチャーはこれまで与えたことの見返りを得ようとテイクしてくる。ギバーは?違う。ギバーだけが違う。彼らはそんな事考えない。ひたすらギブ&ギブン。ではギバーは何も得ていないかと言うとそうではない。図らずとも、彼らにはどこからか、見返りとなるようなギフトが贈られている。

そんな気がするなぁ水族

たとえば、誰かの為に贈り物をするって行為はその人の為にって思ってやるんだけど、その行為自体に報酬があるわけで、やっていること自体が楽しかったり、幸せな気分になったりするものなのだ。さらに、その行為に対する真の報酬は、ほとんど「神様」としか形容しがたい存在からちょっと間をあけて全く別な形で贈られてくる。


  


2014年05月15日 Posted by ranjian at 16:37Comments(0)ぬのねぬ