誰かが何とかし

誰かが何とかし
朝寝坊ときめ込んだのに、日曜日の朝、健一はいつもと同じ時間に目が醒めた。
目を開けたところで見えるものは普段と何も変わりない。ローンもたんまり残っている安普請の家の見厭きたベージュの壁、黄色い染みが浮いた押入れの襖と誰も弾かなくなったアップライトのピアノ。自分が手掛けたカレンダーの見厭きた女優の写真である 願景村 退費

。仕事でつくったCDや雑誌が押し込まれている本棚である。
子供じゃあるまいし目が醒めると世界が変わっていると思う五十がらみの男がいるだろうか。もうひと眠りと布団をかぶったが、学生時代のようにいい夢は滅多にみられなくなっている。
起き出して二階に上がるとリビングで妻の明子がコーヒーを飲んでいた。休みの日にはいつまでも寝ているのに今朝は身支度を済ませている 願景村 邪教
お花の展覧会でもいくのか、と声をかけようとすると、
「バイト」
妙に声もとげとげしい。
健一の会社の景気が悪くない、明子は半年前からパートに出るようになったが、趣味のお花の稽古は続けている。
二十年も連れ添った女から朝卓悅冒牌貨、何かやさしい言葉を期待することはないが、機嫌が悪い理由が判らない。バイトだから不機嫌なのか。こっちは二週間休んでいなかったのだからゆったりする権利は十分にある。健一は広告代理店に勤めている。大手家電のCMづくりにごたごたがあって休日も出勤が続いたがなんとか落ち着いた。
「ほらっ」
明子は新聞から顔をあげて柿の種みたいな目をサッシの窓の方を見遣った。萌木色のカーテン横の台に小ぶりな水槽があり、金魚が一匹、腹を横たえて浮かんでいる。
妻は角を揃えて新聞を畳むと、
「始末しといてよ」
死んだのだ。
「夏祭りで、あなたが金魚すくいの担当になったときから、こうなるとわかってたわ」
「しかたないじゃないか。誰かが何とかしないと」
「なりゆきだったんだ、なんて言わないで頂戴ね」
明子は尖った口調で言葉を添えた。
地元の小学校区の自治会が毎夏催す夏祭りで、健一の町会が金魚すくいの当番にあたった。祭りがお開きになる頃残った三十匹あまりの金魚を、近くにいた子供らに配っていったが三匹残ってしまった。ビニールの袋に詰めて近くにいた手伝いのオバサンら手渡してしまえばよかったのに、どうぞお持ち帰りになって、と同じ町内の主婦らにかわされて、しぶしぶ持って帰ったものだ。物置に水槽があるはずだった。ポンプは買わなくてはならないだろう。ぐらいに思って金魚をぶら下げて帰ると、
「余計なモン持って帰ってきて」
明子はむくれた。


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2014年09月24日 Posted byranjian at 11:18 │Comments(0)sierktiyi

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