、たわんだ腹の男は
兄、弥一郎は腰の刀をカチャリと差し直し、鯉口を切る音に一瞬殺気が迸ったのを弟が気が付いたが、色と商売にしか興味のない中年男は気付きもしなかった。
「相模屋どの。」
月華の仕草に呆けたような視線を送る、たわんだ腹の男は、まだいたのかと言う風な不満げな目を向けた。
「唐突ですが、月華は今、十一歳、元服前葵涌通渠の童にございます。父なき今、烏帽子親のなり手も無くこの兄では仮元服も叶いません。」
「もし叶いますれば、相模屋どののような立派な御仁に、後見していただけたらと思います。」
「月華さまの後見人を、このわたしが?」
笹目も共に頭を下げた。
「もしそうできたら、我等どれほど肩の荷が下りるか知れませぬ。」
「さあ。月華も相模屋どのにきちんと頭を下げて、父親代わりのお願いをなさい。」
「月華はいやです。」
金も要るし、面倒なことだと、内心思いかけた相模屋は驚いた。
まだ幼い当人に断りを入れられるとは、思っても見なかった。
「おや、月華さまは、烏帽子親が相模屋では不服ですかな?」
ふるふると頭を振って、月華は涙を散らした。
「旦那さまに、そんなお願いはしたくあり維他命c好處ません。お金がたんと要るのですもの。月華は、元服などしなくてもよろしいのです。」
「ご住職さまが置いて下さるとおっしゃいましたから、暦が代われば月華は増万寺へ参ります。」
「増万寺へ・・・!?」
さすがに呻ったきり相模屋の顔が曇る。
増万寺の住職は、色町での相模屋の同好の士だった。
一人の陰間を二人で心ゆくまで嬲ったこともある。
幼いそこに、無下に二輪挿しなどして散々に破瓜し、可哀想に正気ではいられなくなった陰間は大川に身を投げた。
菰(こも)を被せた哀れな仏に、ありがたい経を唱えてやりながら、青紫に色を変えた肉の鞘を爪で弾くような住職だった。
「お武家の流儀は分かりかねますが、元服とやらにはいかほどかかりましょうや。」
忝い(かたじけない)と、兄は頭を下げ、相模屋は切り餅(小判25両)を一つ二つ手箱から取り出すと、ぽんと兄の膝元にほおリなげた。
「増万寺などへ行ったら、月華さまのように愛らしいお子は、色小姓にされて寺男や住職、果ては大勢の僧兵たちの慰み者ですよ。」
「月華が、なぐ、さみ・・・もの?」
何も分からぬ月華が、不思議そうに問うた。
「女子の代わりに、お着物を脱いで褥に入り、閨で女子のように後の壷を使って伽をするのです。」
「ひぃっ・・・そんな・・・いや、いや。月華は、慰み者などにはなりとうない・・・。」
「ああ、兄上、月華をお口減らしでお寺にやらないでください。きっと、いい子になりますから。」
とうとう、お願い・・・と告げたきり、しくしくと長兄の袴に取り縋り泣きはじめた月華の背中をさすってやりながら、相模屋はこの上なく優しい声を弾ませた。
「誰も、月華さまをそんな場所にはやったりしませんよ。さあ、兄上に仮元服のお支度のお金を預けましたからね。」
「相模屋の旦那さまぁ・・・くっすん。」
「ご安心なさい。この相模屋が美々しい直垂(ひたたれ)も誂えて進ぜましょう。月華様はほんに良いお子じゃ。」
相模屋の襟元に「すん・・・」と花の貌をうずめ、月華はいとも簡単に相模屋を篭絡していた。